あるシングルファザーの人がいる。
その人は僕とは正反対で、常に仕事にウエイトを置いている。
近くに頼る事の出来る人が居るからかも知れないが、夜の8時過ぎまで仕事が出来るなんて僕にはあり得ない話だ。
夕食も冷蔵庫の中に有るものを子供達だけで食べさせている。
SNSの投稿では、いつも「疲れた」の連発。
きっと、家の中で「疲れた、疲れた」と言っているのが想像出来てしまう。
子供の前で「疲れた」ばかりを言ってはいけない。子供は親を手本とするからだ。
何かあると「疲れた」ばかり、言う子になってしまう・・。
人には様々な事情が有るので、非難するつもりは無いのですが、家での時間が少ないと、子供の変化に気が付かなくなる。会話も少なくなってしまうだろう。・・その家の子供達が可愛いそうに思えてくるのは僕だけではないだろう。
子供達だけで寂しい夕食・・僕の場合、それだけは初めから避けたかった。
だから仕事を変えた。
収入よりも、子供達の笑顔を選んだのだ。
我が家の場合、夕食の時にその日に有った出来事をみんなで話すようにしている。
嬉しかったこと、嫌だったこと、
楽しかったこと、時には泣いてしまったこと
どんなことでもみんなで話す。
しかし、これだけ普段から話をしているのに一度だけ、話してくれなかったことも有ったのです。
今回は、どうしても双子の姉、莉緒が話せなかった事の話です。
運動会も終わり、朝晩が涼しくなって勉強をするには絶好の季節。
・・絶好調に学習を進める真優に比べ、莉緒はなかなか進まない。
特に、この2日くらいは学習意欲が感じられない。
僕は、ただ単に「やる気が無い」と思っていた。
今までなら難なく解けた問題も出来ない。
「おいおい、どうした?」
「・・・・・。」
「やりたく無いのなら、やらなくて良いよ!」と言うと泣いている。
・・もしや?と思い
「学校で何か有ったの?」
と訊いても、暫く考え込んで「ないよ」と言っている。
ところが、
週末、地域の行事で莉緒の親友のYちゃんの
お母さんと御一緒する機会が有った。
色々と話をしていた中で、Yちゃんのお母さんは、「そう言えばこの前、学校で莉緒ちゃん泣いていたそうですよ!」と言ってきた。
「泣き虫な莉緒のことだから・・」と思い
ながら聴いていると・・。
「誰がが頭のフケをシラミの卵と言ったらしくて・・」
「えっ?」
その言葉に僕はショックだった。
「男の一人親だから」と言われないように
子供達の身だしなみには、充分に気を付けていたのに・・。
頭の中が真っ白になってしまい、言葉を失ってしまった。
話をまとめてみると、
莉緒の頭にフケが付いていた。
それを誰かがシラミの卵と言い出して、クラス中に拡がってしまった。
しかも、隣のクラスの子まで、「卵を見せて」と言って来たらしい。
・・僕は全く知らなかった。気が付かなかったのだ。
だから、勉強も手に付かなかった訳だ。
ここ数日の不調も納得出来る、
その後はYちゃんのお母さんが何を話しても
耳に入らなかった。
・・ショックは余りにも大きかった。
家に帰って本人に訊く前に真優に訊いてみた。
すると、「莉緒の頭にシラミの卵があるってみんな言っていた。私の頭も見られたけど、無かったから私は言われなかった」
・・「どうして、お父さんに言わなかったの?」
「・・・・。」
「莉緒が可哀想だと思わなかったの?」
「・・・・。」
「莉緒に何か有ったら、今度からお父さんに教えてよ!」と言うとコクりと頷いた。
そして、莉緒本人に訊いてみた。
「頭の話を訊いたよ!」
すると、驚いた顔で、
「誰から?・・真優?」
僕は「Yちゃんのお母さんからだよ」
「・・・・。」無言になる莉緒。
「先生はこの話を知っているの?」
すると、莉緒は
「先生はシラミの卵じゃないって、みんなに言った。それでも・・・。」
僕は話を訊いていて辛くなった。
「フケがある」と言われただけでもショックなのに・・。
僕は莉緒の頭を良く見てみた。
確かにフケが付いていた。
(きちんと頭も洗っているのに・・何故?)
「明日、学校に行くのは嫌かい?」
黙って頷く莉緒だった。
「よし、じゃあ明日はお父さんと一緒に学校へ行こう。先生に話してあげるから・・」
そう言うと、少しは安心したようで
「うん」と言ってくれたのでした。
もちろん、その晩は念入りに頭を洗った。
その晩、僕は眠れなかった。
「やっぱり、男の一人親だから気が付かなかったのだろうか?」
「あれ程、会話をしていたのに・・。」
と自分を責めて、
「イジメに発展しなければ良いが・・。」
と不安が湧き上がってくる。
とりあえず、明日だ!
翌朝、真優を送り出して
莉緒と一緒に学校へ行った。
事前に電話で連絡しておいたので、担任の先生が直ぐに対応してくれた。
先生も、その騒ぎの時に莉緒の頭を確認して
シラミでは無いのが分かり、クラス全員に
説明したらしいのです。
「それでクラスの子は納得した様子だったのですが・・。」と先生。
「ごめんね。先生の説明が足らなかったのかも・・。」
僕は「隣のクラスの子にも言われたようなのです。ですから、1組の子にも説明して下さい」とお願いした。
先生は「分かりました。1組の担任にも伝えますので、本当に申し訳有りません」と僕と莉緒に謝罪したのでした。
僕は「これで収まらなかったら、登校を停止させます」と厳しい事を先生に伝えた。
莉緒は先生と一緒に教室に向かい、僕は不安な気持ちを残したまま、学校を後にしたのでした。
夕方、学童へ迎えに行き、車の中で話を訊いてみた。
莉緒のクラスでは、もう一度、先生が説明してクラスの子が謝ったそうです。
また、隣の1組(真優のクラス)でも、担任の先生から話が有ったそうです。
「それで、誰からも言われなかった?」と訊くと、莉緒は「うん。言われなかったよ!みんな謝ってくれた」
僕はホッとして「良かったね!」と言い
「でも、どうしてお父さんに言えなかったの?」
すると・・・
「だって、お父さんが心配するから・・」
僕は、この言葉に何も言えなかった。
ただ、頬には涙が流れていた。
涙で周囲の風景がボヤけて見えた。
家に着いてから
「ダメだぞ!今度から何でも話してね!・・何か有ったら必ずお父さんが守るからね!」
と莉緒に言った。
頷く莉緒。
すると、真優が
「私は・・・?」
「お前は大丈夫じゃね?」
「うん。全然へっちゃら」と言って
みんなで大笑い。
やっと、莉緒の顔に笑顔が戻った。
次の週末、さつま芋を収穫して
ニッコリ笑顔!